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事実は小説よりも奇なり

  • 2010-12-27 Mon 16:12:27
  • Movie


俳優!エリック・カントナは健在だった。

先日、渋谷の某映画館でエリックを探して (原題Looking for Eric )を見た。

監督 ケン・ローチ
製作総指揮 脚本 原案エリック・カントナ
音楽 ジョージ・フェントン

予備知識もなく初めて「エリザベス」(1998年)の中で発見?した時、無骨な唯の木偶の坊といった印象は拭えなかったが、その後「クリクリのいた夏」(1999年) 、「マルセイユの決着 」(2007年 )などに出演経験を重ね、自然な演技と圧倒的な存在感は特筆すべきものがある。役者カントナに嵌ってしまった。追いかけてみると出演した映画は十数本にものぼる。




蛇足ではあるが、簡単にエリック・カントナの為人を紹介する。

エリック・ダニエル・ピエール・カントナ(Eric Daniel Pierre Cantona、1966年5月24日 -)は、元フランス代表。マンチェスター・U時代は歴代NO.1「 7 」として20世紀最高のサッカー選手(Manchester United's player of the century)に選ばれ、「昔から応援してました」と語る西澤明訓氏を彷彿とさせる定番のユニフォームの襟をピンと立てた出で立ちと「THE KING」のニックネームで親しまれるレジェンドのひとりである。マンチェスター・Uでは、FAカップとの2度のダブルを含め、4度のリーグ優勝を果たしている。現在は映画、舞台俳優として活躍しており、好きな映画監督はパゾリーニとある。



マルセイユ生れで、一家はスペイン系移民。勿論、選手としてのキャリアは申し分ないが、現役時代、名代のトラブルメーカーとして悪名を轟かしていた。その歴史を紹介する。

1987年、チームメイトを殴り罰金処分。

1988年、相手に危険なタックルを浴びせ、3試合の出場停止処分。

カントナ脅す
カントナ指差し

1989年、交代を告げられると、スタンドにボールを蹴り込み、ユニフォームを脱ぎ捨て1ヶ月の出場停止処分。テレビのインタビューで監督を批判し、1年間の国際試合出場停止。

チームメイトと衝突し、スパイクを顔面に投げつけ10日間の謹慎処分。マルセイユ復帰、監督との諍い。

1991年、ボールをレフェリーに投げつけ1ヶ月の出場停止処分。その裁定委員に「馬鹿(idiot)」と罵り、3ヶ月に延長。

1992-93、マンチェスター・U、ファンに唾を吐きFAから1,000ポンドの罰金処分。

1993-94、 チャンピオンズリーグのガラタサライ戦ではレフェリーに抗議、退場処分。リーグ戦では2試合連続でレッドカード、5試合の出場停止処分。PFA年間最優秀選手賞受賞。

1994-95、報復のキックで退場、「カントナ失せろ。シャワーを浴びて帰れ!」と野次を飛ばしたクリスタル・パレスのサポーター、前科者マシュー・シモンズに『カンフーキック』と数発のパンチを浴せ、約4ヶ月間の社会奉仕活動、1年弱の出場停止処分。


カントナ カンフーキック
カントナカンフーキック2

その後の記者会見でカントナは、「カモメ(マスコミ)が漁船(サッカー選手)を追いかけるのは、イワシ(ネタ)が海に放られると思っているからだ。どうもありがとう。」というジャーナリストを揶揄した有名な発言を残し席を立った。「エリックを探して」のなかでも実写映像がインサートされている。残された記者たちはカントナの発言意図を理解出来なかったのか、失笑まじりの微妙な沈黙と困惑した表情を見せている。FAから4ヶ月の出場停止と20,000ポンドの罰金処分。その後、8ヶ月の出場停止に延長され、さらに罰金10,000ポンド上乗せされた。FAから「フットボールの名を汚し、我々の試合に付いた染み」だと非難され、マンチェスター・Uは2週間分の給料を罰金として科し、フランス代表キャプテンの地位も剥奪された。2007年にカントナは「多くの楽しい時間を過ごしたが、どれか一つを選べと言われたら、それはフーリガンを蹴った時だ。」と、語った。FWA年間最優秀選手賞。

ちなみに当時のチームメイトとしてスティーヴ・ブルース、ライアン・ギグス、ロイ・キーン、若きデイヴィッド・ベッカム、ポール・スコールズ、ニッキー・バット、ガリー・ネヴィル、デイヴィッド・バスト等が在籍していた。

1987年、フランスA代表デビュー。1988年に代表から外されたカントナは代表監督を批判、無期限ですべての国際試合から追放され、その後2度と代表でプレイする機会を与えられなかった。今日まで、カントナは代表チームに寄せられる賞賛やフランスサッカー協会の上層部に対して不快感を示し、EURO04と2006 FIFAワールドカップではフランスではなく、イングランド代表を応援した。

1998年、ワールドサッカー誌の20世紀の偉大なサッカー選手100人(Football League 100 Legends)24位に選出。
2002年、イングランドのサッカー殿堂入り。

EURO1996フランス代表から外した監督のエメ・ジャケは、カントナに代表落選を告げる時のことを「死ぬほど怖かった。」と語っている。その後、カントナはイングランドに帰化。

一方で、アレックス・ファーガソンが語るように、「確かにカントナには数えきれない程の欠点がある。彼は人の指図を受けない人間だ。しかし、彼が我がクラブにもたらした最大の功績は、完璧を目指すならトレーニングを疎かにするなということを思い出させてくれたことだ。」と、彼の練習への真摯な取り組みはベッカムを始めとするチームメイトに大きな影響を与えた。しかし、あの厳格な態度で規律を重んじるファーガソンに対しても・・・ベッカム曰く「エリックは特別だった。」らしい。


そして、数々の語録がある。

「上がりもすれば下がりもする。それが人生だ。」
「世間では普通と違う人間を異常と呼ぶ。私はそう呼ばれることを誇りに思っている。」
「チームなんてどうでもいい、俺が目立てばいいんだ!」
「俺の墓石には、どんな言葉も刻んで欲しくない。まっさらな石のままでいい。俺という人間をいつまでも大きな謎につつんでおきたいから。」
「俺がボスだ!」
「監督やチームメイトが何を言おうが関係ないね。興味がわかない。」
「フットボールで最も重要なのは、集団として何をするかだ。個人として注目を浴びたいなら、私はテニスをやる。あるいは素敵な女性をパートナーにして混合ダブルスをやる。」
引退会見では、「私はサッカーに対する情熱を失ってしまいました。今までありがとう。」 


これほどメジャーな選手の中で、ピッチ内外での大活躍?はサッカー史上屈指の存在であろう。Jリーグのこまい問題児達(?)数人を束にしても、問題にならないぐらいスケールがでかいピカレスク、孤高の蛮勇者であった。自チームに所属していたらとても迷惑な話だが、「事実は小説より奇なり」ということわざを地で行く、激情と憤怒、粋と洒脱を持ち合わせる稀有なフットボーラーであり、話題・問題に事欠かない大スターであったと思う。




そんなエリック・カントナが製作総指揮・脚本・原案を担当する映画の内容はこれだ。

主人公はマンチェスター・U狂でパニック症候群の中年のおやじ、郵便配達エリック・ビッショップ(カントナと同名)。妻には逃げられ、連れ子には冷たくあしらわれ、仕事も休みがちな冴えない男の建て直し劇だ。友人ミートボールの発案で郵便配達仲間がエリックを励まそうと、"いついかなる時でも愛情が変わらない対象"の名前を皆で次々と挙げるシーンが楽しい。両手の親指と人差し指を合わせてそれぞれが、サミー・デイビス・Jr、マハトマ・ガンジー、ネルソン・マンデラ、フランク・シナトラ、エリック・カントナと順番に唱えて行く。同じ仕草を真似ながら何の脈絡があるのかと上映中にツッコみ、そして笑ってしまった。するとそこへ、エリック本人にしか見えない人生をやり直すコーチ役のカントナが突然現れる。元妻リリーへの思いを断ち切れないエリックにカントナが語るアドバイスは、「うまくいかないときはやり方を変えてみろ」「左がだめなら右から攻めろ」「仲間を信じて、パスを出すことが大事だ」などと説く。二人のトレーニングシーンでストレッチを入れるカントナは未だに軽快で、随所に挿入されるカントナのプレー・シーンは現在でも凄みさえ感じさせる。

カントナジャンプ

エリックが長期出場停止中に何をしていた、どうやって立ち直った、とカントナに聞くシーンでは、「トランペットを覚えた。」と答える。そして、やおらトランペットを奏で始める。途中でオーケストラ演奏が重なって・・・お約束の展開ではあるが、作曲家のはしくれとしては胸躍る。また、試合の準備をしていたと答えない所にも、カントナの心のゆとりと自信の現れを見る事ができる。とことん格好良過だ。そして仲間の熱い絆や友情、団結のもと、ラストは何十人ものカントナが現れるという奇抜なアイデアでギャングを・・・

カントナトランペット


人生の機微と人のやさしさが前面に出ている映画である。 

監督は社会派の名匠ケン・ローチ。
労働者階級や移民のやり場のない日常や痛みを背景に、社会問題と対峙する人間ドラマをリアルに重く描き、時代や社会のゆがみに鋭い視点で迫る監督である。大のサッカー好きで『明日へのチケット』(05年)では、チャンピオンズ・リーグのセルティック対ローマ戦を観戦するためローマに向かうスコットランド人青年3人の列車内での葛藤をユーモラスに描き、格差問題を鮮やかに浮き彫りにした。

ケン・ローチ

ケン・ローチは「ひとりより、誰かと一緒のほうが強くなれる」と語る。

さらに、「エリック・カントナのファンとの関係の話が特に面白い。サッカーの楽しさやサッカーが人々の生活にどれほど入り込んでいるかだけではなく、セレブリティという概念、メディアが創り上げる、超人的な資質を持つセレブリティ像という部分も含めて。エリックはたいていのことを試合に即して考える人で、ジャーナリストとのやり取りもウィットに富んでいてとても楽しい。彼と話をするにつれ、試合や試合における自分の位置に対する彼の考え方、また、何をしようとしたか、それにどうアプローチしたかについて彼が話す全てが、この企画の一部となっていった。
彼と一緒にオールド・トラフォードへ試合を見に行った。彼がいるとは知らなくても、カントナの歌が始まる。彼の存在に気づくや、大騒ぎ。いい大人が泣いてる! 我々が帰ろうとしたら、年配のファンがやってきて、握手を求めた。これほど愛されている選手はそういないだろう。この映画は友情についての話であり、自分自身とどう折り合いをつけるかという話だ。反個人主義の映画だ。ひとりより、誰かと一緒のほうが強くなれる。これは友人と団結をする話だ。サッカーのサポーターがいい例だ。」

『Route Irish』(10年日本未公開?未観賞)
『麦の穂をゆらす風』(06年)カンヌ国際映画祭パルムドール
『明日へのチケット』(05年/エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ共同監督)
『SWEET SIXTEEN』(02年)カンヌ国際映画祭脚本賞
『マイ・ネーム・イズ・ジョー』(98年)カンヌ国際映画祭主演男優賞
『カルラの歌』(96年)ベネチア国際映画祭イタリア上院議員賞
『大地と自由』(95年)カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞、ヨーロッパ映画大賞
『ケス』(69年)カルロヴィヴァリ映画祭グランプリ



音楽ジョージ・フェントン(George Fenton、1950年10月19日 - )は、ロンドン出身の作曲家。
こちらも高名な映画音楽家でケン・ローチ作品も多数手掛ける。

ジョージフェントン

個人的にも彼のCD作品は多数所有している。

『ガンジー』 Gandhi (1982)
『遠い夜明け』 Cry Freedom (1987)
『俺たちは天使じゃない』 We're No Angels (1989)
『ぼくの美しい人だから』 White Palace (1990)
『フィッシャー・キング』 The Fisher King (1991)
『愛という名の疑惑』 Final Analysis (1992)
『恋はデジャ・ブ』 Groundhog Day (1993)
『永遠の愛に生きて』 Shadowlands (1993)
『英国万歳!』 The Madness of King George (1994)
『大地と自由』 Land and Freedom (1995)
『ジキル&ハイド』 Mary Reilly (1996)
『カルラの歌』 Carla's Song (1996)
『クルーシブル』 The Crucible (1996)
『ラブ・アンド・ウォー』 In Love and War (1996)
『娼婦ベロニカ』 Dangerous Beauty (1998)
『私の愛情の対象』 The Object of My Affection (1998)
『マイ・ネーム・イズ・ジョー』 My Name Is Joe (1998)
『エバー・アフター』 Ever After (1998)
『ユー・ガット・メール』 You've Got Mail (1998)
『ウィズアウト・ユー』 Entropy (1999)
『アンナと王様 』Anna and the King (1999)
『センターステージ』 Center Stage (2000)
『ナビゲーター ある鉄道員の物語』 'The Navigators (2001)
『SWEET SIXTEEN 』Sweet Sixteen (2002)
『メラニーは行く!』 Sweet Home Alabama (2002)
『ディープ・ブルー』 Deep Blue (2003)
『やさしくキスをして』 Fond Kiss..., Ae (2004)
『最後の恋のはじめ方』 Hitch (2005)
『明日へのチケット』 Tickets (2005)
『奥さまは魔女』 Bewitched (2005)
『ヘンダーソン夫人の贈り物』 Mrs Henderson Presents (2005)
『麦の穂をゆらす風』 The Wind That Shakes the Barley (2006)
『アース 』Earth (2007)
『この自由な世界で』 It's a Free World... (2007)




「事実は小説よりも奇なり」とは現実の世界で起こる出来事は、フィクション以上に不思議な巡り合わせや複雑な変化に富んでいるという意味である。Emerson「Truth is stranger than fiction.」。つまりは想定範囲外ということ。語源由来はロマン派の代表、イギリスの詩人バイロン(George Gordon Byron1788-1824)の「ドン-ジュアン」にある言葉だ。  

エリック・カントナの人生の光と影は、まさに劇画か映画ぐらいでしかお目に掛かれないものがある。
W杯不出場選手の中で最高のプレイヤーのひとりであり、サッカーに対し真摯ではあるが、紳士ではなく、圧倒的な存在感とカリスマ性で見る者を魅了する強烈な個性を持つ記憶に残る異端児でもあり、プレーは繊細かつ優雅でファンタジー溢れるインスピレーションを持ち、完璧な天才的技術で神懸りなゴールを奪う。その反面、濃い髭を生やし、一本に繋がった眉と殴られてもビクともしなさそうなその風貌、重戦車のような強靭なフィジカルを持ち、唯我独尊、傍若無人な振舞い、常に自分を主張し、妥協を許さず、主義主張を捨てず、数々の暴力行為や暴言。
名将アレックス・ファーガソンも手を焼いたほど、扱いにくく癇癪持ちで、気性の荒さと歯に衣着せぬ言動から常に問題を起こす気質。しかし、そんな性格とは裏腹に、カンフーキック後の記者会見で見せた落ち着きと深い教養に溢れた丁寧な口調。ベッカムも最高の教科書とした「イギリス人に過去最も愛されたフランス人」という賛辞とその全く逆の評価。

スールシャールは語る、「唯一怖かったことと言えば、私のゴールを祝福しにカントナが追いかけてきた時でした」
ナイキの広告では、「1966年は、イングランドのフットボールにとって偉大な年だった。エリックが生まれた」
(イングランドが1966年、第8回W杯イングランド大会で優勝)
他チームもTシャツで謳う、「1995年は、イングランドのフットボールにとって偉大な年だった。エリックが出場停止になった」
  
そしてさらに驚くのは 、「銀行預金の全額引き下ろし運動」をエリックが提唱していることである。「銀行から預金を引き出そう!」と、国民を顧みないフランスの政府や銀行に対し反発する国民運動を呼びかけているのである。


フットボーラー、写真家、映画プロデューサー、脚本家、俳優、国民運動家、こんなに賑やかで予想だに出来ない生き方もあるのだ。エリックの人生に乾杯! まさに「事実は小説よりも奇なり」


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